2月17日は、両親が眠る納骨先であるお寺の節分。本来節分は2月3日だが、ここの観音様は「ほしまつり」といって2月17日。
弘法大師の真言宗派であるが、ここは、小学生の頃から母に連れられて母の姉妹や、いとこともよく来ていた。縁あって、父母のお葬式などでお世話になり、今回17日休みが取れたので車を50分ほど走らせ。海を越えてやってきた。
駐車場という名の原っぱが車で一杯になっている。車をどう止めようかと車の外にでて思案していたら、品の良いベレー帽の良く似合うご婦人が車を止めて降りてこられた。「知り合いが先にきているんですが、一人で初めてやってきたんですよ、車どう止めましょうか」とお互いに思案し、「こちらに、では そうしましょうか」などはなし、車をなんとか止め、一緒に連れ立ってお寺へ向かった。
本堂には、たくさんの人がすでに集まっていた。お経も始まり、おたきあげの火が輝いていた。一緒に来たご婦人も、知り合いの方とは会えたようだが、私の側にずっといた。回りを見渡すとおそらく私よりは少し年上と思われるご婦人がたくさん。みんな祈願の札をたくさんもっている。こんなに人がいるのを、ここ最近あまり目にしなかったお堂の中。天気が良いのもあると思うが、混沌とした世の中を祈るしかないと思うご年配のかた、それに伴う家族が健康で過ごせますようにと願う人々が多いのは今にはじまったことではないが、気持ち落ち着く場所を求めて祈るのか。私も、家族の心身健康を祈った。
さて、節分だから、豆まきがある。それもお寺の大広間で。たくさんの人が今かと今かと豆と餅がまかれるのを老若男女がビニール袋を持って準備万端で待っている。
年をとるとなぜそんな地味な色の服を着るのだろう。私のおばあさんもそのような地味な色を着ていた。もっと明るい色の方がいいのに。服につけているアクセサリーも何故か手作り感のある、可愛らしいお人形や動物をかたどったもの。お互いの服装の話、家族の話などをしながら、待っている。私の側にいたご婦人はいつの間にか盲導犬を連れてきた、ご夫婦と熱心に話しをされていた。
そんな人の様子を観察しながら、豆まきならぬ、餅まきがはじまると、どこにそんな元気があるんだろうと思うぐらいの餅 豆の争奪戦。祈りとともに、おまいりも娯楽なのか。
その後、私はお決まりの ミニストップで、密いもアイスを食べて帰路についた。

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