貧乏だけど・・

日々

わたしはどちらというと貧乏だ。どちらかというより、貧乏だ。立派な貧乏だ。ここ一年、いや何年も服は買っていない。買っても自分のお金ではなく、子供が見かねて買ってくれている。それに子供の着なくなった服をきている。でも、食べ物はなるべくケチると体に影響するので、質素で栄養になるものを選んで買うようにしている。つもり。

今、野菜も高いが、自分一人が食べる分なので、同じ高いのならと新鮮な野菜が買えるJAで、休みの日に野菜を買いに行っている。本当にに新鮮だし、にんじんはにんじんそのもののにおいがするし、日持ちもいい。

ただ、そこでは昔は買うことがなかった、花をかっている。季節の花を。

父母が亡くなって仏壇があるようになったからだ。年をとってから花をいけるような余裕もなかっただろうから、せめて仏壇はいつもきれいに花を絶やさないようにと思っている。季節の花を選ぶようにしている。今日はピンクのカーネーションに、フリージア(赤、黄色)、透かしゆり。ぱっと明るくなる。そしてフリージアの香りが部屋に漂い、そして心地いい。野菜より花の値段の方が高くなることもある、貧乏人にはそぐわないかもしれないし、花は食べれないけど心地はいい。

しかしながら、この貧乏という言葉。何をもって貧乏というのか、よくわからない。わかっているのは、5㎏のお米が昨年の倍もすることだ。

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